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― 海辺の手織り絨緞 ―

 

​2021年の展示会は終了しました。2022年は東京、京都、丹波にて展示を予定しております。

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赤穂緞通

—歴史—

兵庫県の西の端、かつて塩づくりで栄えた赤穂。赤穂緞通は、この海辺の小さな町で江戸時代から作られている木綿の手織り絨緞です。「児嶋なか」という一人の女性が讃岐国高松で出会った中国の絨緞に魅せられ、26年もの歳月をかけて技術を研究し、赤穂緞通を完成させました。

明治時代にはいくつもの緞通場が立ち並び、最盛期には年間3,000枚以上の緞通が生産されていたそうです。しかし戦中の綿花輸入統制により多くの織元が廃業、戦後は一軒を残すのみとなりました。

最後の織元の灯が消えようとしていた平成3年、織り子の阪口キリヱさんを講師として織方技法講習会が開かれます。現在はその修了生により、技術の保存と伝承のため織り続けられています。

—特徴—

他の産地に無い特徴を持つ赤穂緞通。

創始者である児島なかは絨緞の織り方も何も分からぬままに、美しい異国の敷物を再現するために試行錯誤を重ねたのでしょう。赤穂緞通の製法には一人の女性の熱意と閃きが隠されています。

綿

海外の絨緞は主にウールで作られますが、赤穂緞通は経糸、緯糸、はせ糸全てに綿糸を使います。肌触りが良く一年を通して使える綿は、日本の生活習慣と気候風土に適した素材です。赤穂のある播州地方はかつて綿花の一大産地でした。

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水平機

ペルシア絨毯や日本の鍋島段通など絨毯の織りには経糸を垂直に張る竪機が使われますが、赤穂緞通は大型の水平機(高機)を使って織られます。これは着尺の機織りに使われる一般的な機ですが、敷物の織りに用いられるのは大変珍しいそうです。

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糊付け

赤穂緞通特有の張りと耐久性は糊付けによるものです。予め糊を揉み込んで乾燥させた経糸を張り、緯糸は揉み込んだ糊を湿らせた状態で織り進めていきます。最後に水を打って乾燥した糊を溶かし、天日に当てて整形する“敷伸し”という作業を行います。

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腰折れ鋏


腰折れ鋏は刃に角度を付けた握り鋏です。この鋏を使って行われる「摘み」の作業が赤穂緞通最大の特徴で、滑らかで立体感のある仕上がりを生み出しています。筋摘み、地摘み、仕上げ摘みと念入りな「摘み」が行われた緞通には、織り手の美意識や気質、作品に対する思いが表れています。

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作品

—新作—

これまで数百点の古い緞通を扱ってきました。100年以上前の緞通を見続けて思うのは藍は時を経てよりいっそう美しく、強いということ。工房六月では新作緞通に藍染、草木染の糸を使い、経年の変化を楽しみながら使い続けられるものを作っています。

—古作—

明治、大正、昭和初期と赤穂緞通が多く作られていた時代のものです。洗い、敷伸し(整形作業)、染抜き、鋏入れと緞通の織り手ならではの技術で、古いものを気持ちよくお使いいただけるよう手入れしています。

販売中の緞通については〈展示会〉のページをご覧ください。

 

経歴

赤穂緞通 六月

阪上 梨恵

1983年6月生まれ

神戸市出身、姫路市在住
国際基督教大学卒

 

服飾や産業振興の仕事を経て赤穂緞通に出会う。根来節子氏(赤穂緞通生産者の会)に師事したのち2019年に独立、赤穂御崎に工房を構える。

六月はものの産み月である。
地は喘ぐ。
木下に立ちて耳を澄ますと
かすかにその呻きを聞く。
牛がものを食うように
木も草も
音を立てて
延び繁る。

——河井寛次郎